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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)141号 判決 1962年11月29日

原告 岩崎金属工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三四年抗告審判第一四八九号事件について、特許庁が昭和三六年九月一一日にした審決を取り消す。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのように述べた。

一  原告は、昭和三三年一二月二日、別紙記載のように「GREAT」の英文字を花文字的に扮飾した字体で横書にして構成された商標について(以下、本願商標という。)大正一〇年農商務省令第三六号商標法施行規則第一五条第五一類(以下、旧第五一類という。)文房具を指定商品として登録の出願をしたところ(昭和三三年商標登録願第三四六九五号事件)、昭和三四年五月六日拒絶査定を受けたので、これに対し同年六月二〇日抗告審判を請求したが(昭和三四年抗告審判第一四八九号事件)、特許庁は、昭和三六年九月一一日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、右審決謄本は同年九月二〇日原告に送達された。

二  審決の理由の要旨は、「本願を構成する「GREAT」の文字が「偉大な」「卓越せる」「大きい」「多量の」等の意味を有する文字として容易に理解し得るものであることは英語知識の普及している今日においては多言を俟たずして明らかである。従つて、本願の指定商品についてその形状の大きさ、品質が卓越しているものであること、多量であること等を表示する用語として仮りに「GREAT」の文字が実際に使用されている事実がないとしても、この文字が一般に上記のような意味を表わす文字として極めて普通に使用されていることは否定することができないから、本願商標をその指定商品について使用する場合においては、世人がこれをもつて商品の形状、品質、性能或は数量等を表示するに過ぎないものとして理解するものであるというのが社会通念に照し相当である。このように考えるならば、本願商標をその指定商品について使用しても、大正一〇年法律第九九号商標法(以下、旧商標法という。)第一条第二項に規定する自他商品識別標識としての特別顕著の要件を具備しないものとして、その登録は拒否を免れないものと判断せざるを得ない。」というのである。

三  審決は、つぎの理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  審決は、本願商標を構成する「GREAT」の文字が「偉大な」「卓越せる」「大きい」「多量の」等の意味を有するとしているが、日常一般には単に「大きい」の意味に使用され、「偉大な」「卓越せる」「多量の」等の意味には日常使用されている事実はない。そもそも英語を邦訳すると各種多様の意味があるが、そのすべての意味に使用されるものではなく、特に日常一般に慣用される意味は自ら限定されているのであつて、英語は戦後急激に普及し日常慣用されるものは日本語と同列的に使用されているのが現状であるけれども、最も頻繁に使用される意味は特定し他の意味は抹殺されるに至る。「GREAT」は特に「大きい」の意味にほとんど日本語化されて明治以来今日まで使用されているのが事実である。この現実の上に立脚して本件の判断もなされなければならない。

(二)  「GREAT」の文字の意味を審決に述べているように邦訳するとしても、それだからといつて商標として自他商品を識別するに足る特別顕著性がないと速断できないのであつて、これは、当該商標が使用される商品との関係を判断して決定されねばならない。

すなわち、本願商標の指定商品は文房具であるが、商品文房具はほとんど固定化されたように一定の形態を持つものであり、「偉大な」「大きい」「多量の」等の意味は右商品とは全くかけ離れた意味のものであり、商品の形状その他品質、性能、優秀性を特長ずけるものとしては全く通用しないものである。「大きいこと」「多量であること」をもつて商品の品質の優劣を表示するものとしては食料品を挙げることができるが、文房具においては「大きいこと」「多量であること」は商品の品質の優劣を決定ずける要因ではなく、例えば、文房具の代表的商品である万年筆シヤープペンシルについてみても、「偉大な」「大きい」あるいは「多量の」ということは直ちに商品の優劣を決定ずけるものでなく、さらに「多量の」とは現代の市場の状態よりみて当然に生産設備の充実を意味するにすぎない。つぎにまた、「卓越せる」なる意味は、必ず「何々が卓越する」がごとく冠頭語があつて始めて通用するものであり、商品の品質、性能等が卓越している意味の場合には一般に使用されることはなく、商品の品質、性能、優秀性を表示するものとして一般に用いられ親しまれている外国語としては「SUPER」「DELUXE」「TOP」「NUMBER ONE」等が専用されているのである。これに対し、「GREAT」は「大きい」の意味に使用されている。

このように「GREAT」の文字は商品文房具について商品の形状、品質、性能等を意味するものとして通用しないし、さらに、現実にも商品文房具について「GREAT」の文字が商品の形状、品質、性能等を表示するものとして使用されている事実は全くないから、これらの点を考えれば、自他商品の識別標識としての特別顕著性が十分あるわけである。

(三)  「GREAT」の英文字から成る商標は、これまで多数登録され、また現に公告されている事例(甲第三ないし第一四号証)があるが、これらの場合と本願商標の場合とを区別すべき根拠は存在しない。右事例は「GREAT」の英文字が自他商品を区別する商標としての適格を有することを示すものであり、商品文房具である万年筆について登録が許可されている事実(甲第六号証)は何よりの証拠である。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

一  原告主張の請求原因一および二の事実は認める。

二  同三の主張を争う。

(一)  審決に言つているように「GREAT」の文字には「偉大な」「卓越せる」「大きい」「多量の」等の意味がある。したがつて、商品文房具が固定化した形態を持つという原告の主張に疑問があるのみならず、たとえそうであるとしても、これらの商品中同一種類のものにも品質の優劣、大小等のあることは言うをまたないところであり、本願商標を商品文房具に使用すれば、これらの商品の大きいこと、多量であること、卓越し優秀であることを表示するものとして一般に理解されるものであることは、取引の経験則からして明らかである。「GREAT」の文字が本願商標の指定商品について形状、品質、性能等を意味するものとして通用しないとする原告の主張は認め難い。また、「卓越せる」という意味は冠頭語をまつて始めて通用するという原告主張の意味は、不明瞭であるが、「卓越せる」という意味に用いられる場合にも特に他の形容詞の場合と用法が異るものと考えられない。また、原告は、現実にも商品文房具について「GREAT」の文字が商品の形状、性能等を表示するものとして使用されている事実はないと主張しているが、仮にそうとしても、この文字が前記の意味を表わす語として普通に用いられている以上、これを文房具に使用する場合においても、世人がこれをもつて商品の形状、品質、性能、数量等を誇示する文字にすぎないものと理解するものであるとするのが社会通念に照らし相当である。したがつて、このような文字を若干図案化した程度の態様で表わしているにすぎない本願商標を商品文房具に用いても、自他商品を識別させるに足るだけの適格性がない。

(二)  原告は、「GREAT」の文字が文房具に属する万年筆や他類に属する商品について過去に登録された事例等があることを挙げ、これらと本願商標とを区別する根拠はない旨主張している。しかし、商標の特別顕著性の有無の判断のごときは、時勢の推移にともない指定商品の取引の実情に応じて考察されるべきもので、たとえ原告が挙げる事例にかかる商品と「GREAT」の文字との関係が本願指定品と該文字との関係と同様であるとする原告の主張を容認するとしても、英語は戦後急激に普及し取引に際しその使用範囲が日々拡まりつつあるのが現状であるから、過去において顕著性ありと判断された故に今日においても顕著性ありと判断しなければ不当であるというものではない。したがつて、原告の主張する事例は審決の正当性を覆す根拠とならない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  原告主張の請求原因一、二の事実は、当事者間に争がない。

二  右当事者間に争のない事実によれば、原告が旧第五一類文房具を指定商品として登録を求めた本願商標は、別紙記載のように「GREAT」の英文字を花文字的に扮飾した字体で横書にして構成されたものであることを認めることができる。

よつて、特別顕著性の有無について検討する。

「GREAT」の英文字は、形容詞として「大きい」「優れた」「卓越した」その他色々の意味を有するものであることは、当裁判所に顕著な事実である。しかして、現今英語は急速に普及し、これに加えて、商品取引界においては商品の品質、性能を誇示するために「SUPER」「GOLDEN」「DELUXE」等の外国語を使用する風潮が顕著にみられる現状に徴すれば、いまこの「GREAT」の文字を指定商品文房具について使用すれば、その需要者ことに文房具の良い購買層である学生生徒会社員等において、その中のある種の物については形状の大きいことを表示したものと直観する場合もないではないことはさておいても、一般に、商品文房具の品質の優れ、性能の卓越していることを表示したものとこれを理解するものと解せられる。一方、本願商標は、「GREAT」の英文字をやや図案化した字体で表示されているとはいえ、その程度は僅かなものにすぎず、特にその字体等に特異の点を求めて商品識別の標識とするに足らない。してみれば、本願商標はその商品の品質ないしは性能を普通に用いられる方法で示したものに外ならず、旧商法標第一条第二項にいう特別顕著なものに当らないと解するを相当とする。

三  原告は、「GREAT」の英文字は日常一般には単に「大きい」の意味に使用されている旨主張するが、商品文房具の需要者がこの一つの意味にのみ限定して理解するものと解されないことは前示のとおりであつて、原告の右の見解に組することはできない。また、原告は、現実にも商品文房具について右文字が品質、性能を表示するものとして使用されている事実はない旨主張しているが、商品文房具について使用された場合前記の意味に理解されるものと認むべき以上、自他商品の識別力を欠いているといわざるをえないのであつて、原告主張のように現実に使用されている事実があるかどうかということは、右の判断を左右するものではない。

つぎに、原告は、「GREAT」の文字から成る商標はこれまで登録されていたし現に出願公告されているとその事例を挙げて、これらと本願商標とを区別する根拠がない旨主張し、成立に争のない甲第三ないし第一四号証によれば、右文字のみから成る商標や右文字と関連のある商標につき登録され(甲第三ないし第一二号証)、出願公告されている(甲第一三、第一四号証)事例の存することを認められる。しかし、商標の特別顕著性の有無を判断する場合に、従前存した事例を参考にするとしても、その事例の具体的な商標の構成と指定商品との関係を考慮するほか、時代とともに社会一般の状態や取引界の実情に変遷のあることは無視できないことである。各事例につきみるに、甲第三ないし第五号証のものは、強度に図案化した「GREAT」の文字の下部に「グレート」の片仮名文字を左横書に併記した商標であり、甲第一二号証のものは、小文字で筆記体で記載した「great」の下部に「グレート」の片仮名文字を左横書に併記した商標であつて、その標章は本願商標と構成の態様を異にし、甲第一三、第一四号証のものは、線書で十字型の枠の図形を表わしその中に「GREAT」の文字を縦横にEの文字で交叉させて記載した商標であり、その態様は本願商標と明らかに相異しているのであつて、右いずれも本願商標の登録の適否を判断する資料とすることはできない。甲第六、第一一号証のものは「GREAT」の文字から成る商標であり、甲第九号証のものは、「Great」を筆記体風に図案化した商標であり、甲第七、第八号証のものは、「グレート」の片仮名文字を縦書にして成る商標であり、甲第一〇号証のものは、右片仮名文字を左横書にして成る商標であり、右のうち甲第六号証の商標の指定商品は万年筆であることでもあるから、本願商標はこれらと軌を一にして考えるべきものか考慮を要するが、右各号証によつて明らかなように、その登録は大正八年から昭和九年までの間のことに属し、その登録査定当時と本願商標につき審決のあつた昭和三六年との時代の変遷を考慮するとき、これらを引用して本願商標登録の適否を論ずるのは適切でない。以上のように、原告の挙げる諸事例はいまだ前記認定を左右するに足らない。

四  してみれば、審決が本願商標について特別顕著性を欠き登録要件を具備しないものとしたのは正当であつて、原告の本訴請求は理由がない。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)

本願商標<省略>

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